情動という、医学用語があります。

これは、感情よりもっと下位にあたる、本能的なものです。

喜・怒・哀・楽 のことですね。

科学的説明をすると、情動と感情とは別物です。

情動というのは、動物の本能的なもの、脊椎反射的なものなので
サルでも犬でも持っているものです。

それに対して、感情というのは、人間だけが持っているものだといえます。

私たち人間は、常に言葉を使って物を考えています。

楽しいとき、私達は、身体的反応ではなく
楽しい
という言葉を使って、脳が楽しいと解釈し、楽しいのだと自分自身で思っているのです。

これは、大脳に言語野を持つ、高度に発達した大脳新皮質を持つ人間の特性です。

怖い、という感情を例にとって見てみましょう。

1.  首筋に刃物の感触を感じる。
2. 心拍数があがり、心臓がドキドキする。発汗量が増えるetc..などの身体反応が出現。
3.  この身体反応は、過去の記憶から照会した結果
「怖い」ということだと、言語による脳の解釈がなされる。
# このとき、脳内の言語野が一時的に活性化します。
4.その結果、怖いという感情が生まれる。

順序としては、こういう形になっているのですが
この処理が、実に驚くほどの高速でなされます。

なので、私たちは、つい
刃物を首筋にあてられると、怖いから心臓がドキドキするのだ
という風に思ってしまいがちなのですが
実は、身体反応の方が先に働いています。

これがサルだと
心臓がドキドキする
でも、言語を持っていないので、それはサルにとっては、単に心臓がドキドキして
そしてその危険を知らせる心拍数の上昇に対して、脊椎反射として攻撃する、あるいは逃げようとする
などの、本能に基づく脊椎反射として、行動が起こります。

つまり、サルは言語を持っていないので
心拍数の上昇にともなう心臓のドキドキを、怖いという言語で表現する術をもたず
危険を知らせるシグナルである心拍数上昇に対して、感情由来ではなく、本能由来の脊椎反射として、危険回避のための行動を起こす
ということです。
私たち人間は、サルにも犬にも、悲しみや恐怖という感情があると考えがちですが
正しくは、サルや犬には、悲しみや恐怖という風に、勝手に人間が解釈している「情動」があるだけです。
言葉を持っていないので、その情動を「悲しい」とか「怖い」という、感情的解釈ができないのです。

けれど、人間の場合、解釈というものを言葉によって行っている以上
解釈の仕方というものは、常に言葉によってなされています。
言い換えれば、言葉を使って、解釈の仕方を変えることができるということです。

例えば
1. 首筋に刃物をあてられる
2. 心拍数が上昇し、心臓がドキドキしたり、発汗量が増えたりするetc..
危険回避システムのシグナルという、本能による、身体的脊椎反射が起こる。
3. 脳の解釈は「怖い」という言語によってなされていることを知り
これは、危険回避のアラームを、脳の本能をつかさどる部分が身体に発生させているのだ
という、システムであることを理解する。
4. 危険回避アラームが鳴っているということは、危険回避策を考えないと、という解釈を
人間の理性、人間の大脳を使って、行う。
5. 怖い怖い、どうしようどうしよう・・という、理性が麻痺した状態から脱却して
すみやかに、危険回避策を練る。

と、まぁ、理性的な態度とか、理性的な脳の使い方というものを考えれば、こういう解釈の仕方をすれば、よいわけです。

多くの人は、大脳の働き、つまり解釈をする脳が、感情にとらわれた時点で、麻痺してしまいます。
つまりアホになってしまうのです。
もっといえば、人間らしい姿ではなくなるともいえるかもしれません。

 

けれど

怖い怖い、どうしようどうしよう・・

と、ただ感情をぐるぐると回していても、その危険は回避できません。

この例は、首筋に刃物があたるという、わかりやすい例としてお話ししたけれど
多くの人は、よく、こういう
感情をぐるぐるまわして、その起こった出来事への対応をするための、理性的な大脳の働きが麻痺したままの、アホ状態になってしまう
ということが、日常において、よく起こります。

人と人との喧嘩などは、まさにこの例だと言えるでしょう。

おまえのかぁちゃんでーべそっ(`Д´)ノ

と言われたとします。
この時、言われた側は、言葉通りに捉えず
# 言葉通りにとれば、それは、お前のかぁちゃんはでべそである、という意味以外にありません。
何やらバカにされた
という風に「バカにされている」という言葉を、脳が解釈として作り出しているということです。

そうして

なんだとー!やんのかゴルァ(*`Д´)ノ

という言葉でもって、バカにされたという解釈への反応をとります。

このとき、きちんと大脳の中の理性を麻痺させずに、理性ある人間としてふるまえたなら

お言葉を返すようですが、私の母は、でべそではありません
何か勘違いをなさっておられるのではないでしょうか?
それとも、そういうことをおっしゃることで、何か他の意図があるのだとしたら
その意図について、おうかがいしてもかまわないでしょうか?

とまぁ、こういう解釈をすればいいわけです。

# ただし、相手も理性が麻痺したアホ状態になっているわけですから
# これをこのまま言葉にしたら、さらに怒らせますけれど(笑)。

 

アメブロと違って、エリラボブログの方は
かなり難しいことを、多く書いていますので
この記事の言っていることが理解できる人が、どれくらいいるのか
ちょっとわからないのですけれど

そういう方は、今月のエリラボ倶楽部にでも来てみて
わかるまで、とことん私に質問してみる・・というのも、手かもしれませんね。

何にせよ
私たちは、言葉を使って解釈しているので
違う言葉によって、いかようにも、解釈を変えることはできる
という
それだけ理解してもらえたら、それでいいや、と思っています。