誰かが言っていた。

「大人の好き」は、「この人を大切にしたい、この人のためにしてあげたい」
だけれど
「赤ちゃんの好き」は、「この人に私の機嫌をとってほしい」
だって。

赤ちゃんは、自分で自分の排泄処理もできないし、自分の手で食べ物を口に運ぶこともできない。

全てを人に依存することでしか、生き延びられない。

それが、少しづつ、自分でトイレに行って排泄処理をするようになり
自分でスプーンなり箸なりを持って、自分の口に自分で食物を運べるようになる。

そうやって、少しづつ、自分でできることが増えていって
人は一歩一歩、大人になっていく。

体のことはそうやって大人になっていくのに
心だけがいつまでも赤ちゃんで、
自分の機嫌を人にとってもらわないと
自分自身では自分の心をどうすることもできない人がいる。
自分の心なのに。
そして
もう自分のことは、自分でできるにも関わらず。

姿だけが大人の、大人モドキだ。

大人モドキ、赤ちゃん大人の会話はつまらない。
なぜなら、相手を楽しませようという気持ちが全くなく
ただただ、自分の機嫌をとらせようとする話ばかりだからだ。

いつも
私を楽しませて!
という風に、自分で自分を楽しませることができず
構ってもらえないと
ブスっと不機嫌にしているような
そんな人を好む人がどれくらいいるのか
考えたらわかることだろう。

だから大人モドキからは、人が自然と離れていく。
共依存的な、誰かを依存させることに依存しているイネイブラーしか、残らない。

けれど、イネイブラー要素の高い人でも
どんな人にだって、限界というものがある。
だから多くの共依存は、残念な結末を迎えることが多い。

人から愛されたいのなら
所属に成功したいのなら
大人モドキをやめて、大人になることだ。

大人モドキから「モドキ」が取れるためには
自分で自分の機嫌をとれるようになることから
なのかもしれない。