ある種の人たちにとって
対人関係というのは
まるでロールシャッハテストのようだ
と思ったりします。

どういうことかというと
実は、相手とコミュニケートしていなくて、
自分の頭の中の幻とコミュニケートしているんだなってこと。

もう少し詳しく言うと
相手を理解しようとせず
自分のいつもの思考や認知の癖
つまり相手そのものではなく
自分の頭の中にある何かを、相手の行動に投影したり、変な読み込みをして
それに反応してるだけ
ということ。

そういう人たちは
相手が言ってもいないことを、勝手に何か読み込んで
あたかも、それが事実であるかのように思い込み
その誤読のもと反応したり
、時には何か大きな決意をしたりしちゃう。

自分の望みと違う反応を相手がしたら、即座に
別に嫌ってもなければ、怒ってもなければ、排除しようと思ってもない相手に
勝手に悪意を読み込み
かわいそうな私ストーリーを創っちゃう。

その勝手に作り出した私かわいそうストーリーから出した答えは
結果的には、自分のチャンスを逃がしたり
自分の世界を狭めることでしかない
ってことが多かったりします。

カウンセリングをしていると
そういう人たちによく遭遇して
基本的安全感が欠落しているというのは、こういうことかー
と、実感しまくることしきりです。

無意識に

否定されるんじゃないか?
排除されるんじなないか?

という不安がいつもあって
だから、物事を、「自分が好かれてるか嫌われてるか」という
愛情物差しでしか判断できなくなっちゃうんだろうなって思います。

だから
耳に痛いことを言われると
言われていることの内容を吟味する前に
反射で
この人は私が嫌いなんだ!
という風に反応してしまう。

そういうのって、そもそも
言われたことを受け入れる以前の話として、そもそも受け取ってないんだけど
本人はそのことに気づけないものだったりします。

何を言われても、言われてる内容そのもの(コンテンツ)ではなく
自分が好ましく思われているか、嫌われているか、という愛情物差しをまず出してしまうから
内容そのもの(コンテンツ)を受け取れないんですよ。

言われた内容、コンテンツを吟味しないから
いつまでたっても成長できないし
親身になってくれる人を、自分から排除してしまうのだけれど
自分でそのことに気づけない。
なんだか切ない話だなぁって思います。

色々なことを
「相手は自分を好ましく思っているか・嫌っているか」という
愛情視点で計る物差しでしか見れない人には
割と多くの人は、次第に
ただのイエスマンになってつきあうか
あるいは、面倒くさいから距離を置くか
になっていってしまう。

だって、言ってもないことを勝手に読み込んで
勝手に何か意味不明にブルーになっちゃう人には
ものすごーく気を遣って遣って、物を言わないと
やたらすぐブルーになられちゃうから
だんだん面倒になってしまわない?

愛情物差ししか持ってないと
言われてる内容ではなく、
「これはこの人は私を好ましく思ってるんだor嫌ってるんだ」
という解釈しかできなくなるから
耳に痛いことを言わないイエスマンの中でしか安心できなくなっちゃうよね。
だから
自然と、イエスマンコミュニティ以外のつきあいがなくなっていってしまう。
カルトへはまっていく人の、ひとつの大きなパターンだなって思います。

イエスマンコミュニティというのは
言い換えると
決して耳に痛いことを言わない、言ってはならないコミュニティってこと。

表面にキラキラした砂糖をまぶしているだけで、中身はスカスカの台所スポンジみたいなおつきあい。
それが、イエスマンコミュニティの内実なんじゃないかなぁ。

けれど、たいてい、イエスマンになる人というのは
自分もそういう不安が強いか、
あるいは何らかの意図があり搾取しようとしているか
だったりするんだけれどね。

また、イエスマンコミュニティの中では
自分もまた、思ってもいないことを、イエスマンとして言わなければならない。
そんなことをしていると
そもそも、自分自身が思ってもないことを言い続けて生きるのだから
ますます、人の言葉には裏があると思う裏読み癖が強化されるだけなんだけれど。

イエスマンコミュニティにいても
人を疑う気持ちは消えないし
対人不安は消えない。

怖くて、甘い砂糖菓子みたいなコミュニケーションの中でしかいられないけれど
その中で、自分自身もきらきら甘い砂糖コーティングしたものしか人に差し出さないから
かえって人の言葉には裏があるという無意識的不安が増大する。
負のスパイラルから抜け出せない。

まず
そういう認知の歪みの大きい人は
言われてもないことを勝手に読み込むのをやめて
相手の言葉の裏読みをしない
ということから練習していくのがいいかもしれないって思ったりします。

認知の歪みの大きい人は、相手そのものを見てなくて
自分が作り出した妄想の相手を見ているので
その裏読みは、たいての場合、誤りだから。

だったら、下手な読み込みなどしない方が
かえって自分自身のチャンスを失わずにすむ。

・・とはいえ
長くこの仕事をやっていると
これ、そういう人たちには、すごく難しいよね、ということもわかるようになってきて

カウンセラーとして色々と試行錯誤してる中で
ある種の原点回帰というか
認知行動療法のワークシートは
そういう人たちが、自分の認知の誤りに気付いていくということに対して
かなり使えるものだよな、と以前よりも実感ともなって思うようになってきました。

なんだかんだ言って
保険適応のある唯一のものってのは、伊達じゃないなぁ。